生身の声と
三味線の音色で紡ぐ
究極の人間ドラマ
時は江戸時代初期、大坂。竹本義太夫(たけもと ぎだゆう)によって創始された、日本の伝統的な語り物音楽(浄瑠璃)の1つが義太夫節です。
主に人形浄瑠璃文楽の音楽として発展し、のちに歌舞伎音楽にも取り入れられるなど、日本の演劇界に多大な影響を与えました。日本の「語り」の歴史において、また三味線音楽として、最も大成した最高峰の音曲とも言われています。


様々な役を語り分ける
太夫の圧倒的な表現力
義太夫節の語り⼿は「太夫(たゆう)」と呼ばれます。
太夫は、物語のナレーション(情景描写)だけでなく、武⼠、町⼈、 姫君、幼い⼦どもから⽼⼈、果ては悪役まで、ありとあらゆる登場⼈物のセリフと⼼情をたった1⼈で語り分けます。
(新作では動物のセリフを語ったことも……(笑))
⼤きな劇場でマイクを使わずに、腹の底から湧き出るダイナミックな声から繊細な吐息まで、声1つで劇的なドラマを描きます。その豊かな表現⼒から和製オペラと称されることもあります。
重低音で
感情を揺さぶる
「太棹三味線」
ふとざお太夫の隣で演奏するのが「三味線弾き」です。義太夫節で使⽤する三味線は、最も⼤きく重い「太棹(ふとざお)」と呼ばれるもので、同じカテゴリーには津軽三味線があります。
三味線弾きは腰(お尻)を落として三味線を構えるので、⼩柄に⾒えることがあるかもしれません。しかし実際には⼤きな三味線を扱うため、とても男性的、体育会系なポジションでもあります。ズシンとお腹に響くような深く⼒強い低⾳と鋭い⾼⾳が特徴で、他の三味線の⾳⾊のイメージとは⼤きく異なるでしょう。
三味線は単なる伴奏にとどまらず、登場⼈物の喜怒哀楽やその場の緊張感、季節の空気感までも⾳で表現します。(僕が⼈形浄瑠璃⽂楽で太棹の⾳を初めて聞いたときは、その⾳量に『アンプを繋いでいるのか⁈』と驚いたほど……)


現代人の心にも通じる
義太夫節の物語
義太夫節で描かれるのは、義理と人情の板挟みに苦しむ人々、親子の絆、そして悲恋といった濃密な人間模様です。現代の映画やドラマ、ワイドショーに通じるものがあり、江戸時代の観客も今の私たちがエンタメを楽しむような感覚で作品に熱中していたのでしょう。
文楽の作品のほとんどはドロドロとした大人向けのストーリーです。ファンタジーやハッピーエンドは少なく、人間味あふれるドロドロとした愛憎劇や悲劇が中心となります。そのため、海外公演で「かわいい日本の人形劇」を期待してやってきた親子連れが、想像以上の重々しさに驚いて逃げるように帰ってしまった……という笑えない(?)エピソードもあるほどです。
それほどまでに濃厚な大人たちの愛憎劇ですが、描かれているのはいつの時代も変わらない「切ない愛」や「人間くささ」そのもの。だからこそ、近松門左衛門らが手掛けた名作の数々は、今を生きる私たちにも深い感動を与えてくれるのでしょう。
音そのものを味わう
もうひとつの贅沢
「素浄瑠璃」の世界
⼈形浄瑠璃⽂楽は、太夫・三味線・⼈形の「三業(さんぎょう)」が⼀体となって舞台を創り上げる総合芸術で、2003年にはユネスコの無形⽂化遺産にも登録されました。その中で、あえて⼈形や舞台装置を伴わずに、太夫の語りと三味線の演奏だけで聴かせる演奏形式を「素浄瑠璃(すじょうるり)」といいます。こだわりの麺とスープで勝負する「素ラーメン」のようなイメージでしょうか。
⼈形の美しい所作にも魅了される⼈形浄瑠璃⽂楽の舞台とはまた異なり、素浄瑠璃は「⾳楽そのものの⼒」に純粋に⽿を傾ける贅沢なひととき。⽿から⼊る⾳の世界に集中することで、義太夫節が持つ声と⾳のエネルギーをダイレクトに体感することができ、⼀度その濃密な⾳の世界に触れると、世代を問わず引き込まれていく奥深さがあります。何を隠そう僕自身、⼩学⽣のころにこの魅⼒に取り憑かれた⼀⼈です。



